私の転職活動② 就職浪人時代

転職活動

就職浪人時代の就職活動

正直な所、最後まで卒業延期するために留年するか、就職浪人として社会に出て行くかをずっと迷っていた。卒業延期すると2回目の新卒就職活動が出来るチャンスがあるが、留年自体がマイナスと捉えられること、金銭的な負担が大きいことから大学卒業することを選択した。

理系大学であったため学生時代は研究があり時間が限られていたが、卒業してからは時間が有り余っているため、色々積極的に応募していこうと考えていた。しかしこれは正直甘かった。今では第二新卒枠が設定されていたり新卒扱いにしてもらえたりするが、当時は卒業後は中途採用扱いとなった。新卒採用枠で説明会に出席させてもらえた時もあったが、書類選考してもらう前に別室に呼ばれて断られるなど採用選考にすら出席させてもらえない日々。

そうこうしているうちに募集できる所はほぼなくなり、ハローワークや新聞広告などで募集しているところに応募するしかないが、そういったところは中途の即戦力を求められているため書類選考も通らない。仕方なく、希望していた職種を離れて理系だから少し掠っているといった理由で応募するも通らない。一番ひどいなと思ったのは職種が違うからと一旦断られた所からもう一度面談させて欲しいと言われて面談後、再度断られたこと。当時両親と暮らしており、送迎をお願いしていたこともあり期待させた上で落ちるのは凄くショックだった。

ブラック企業への就職未遂?

就職できないまま募集するところが無くなっていく中で、両親からは無理やり工事現場で働かされたり、早く就職するように言われたり形見が狭くなっていく状況。

そんな中、(今は潰れかけている偽装問題しまくっていた)自動車メーカの孫会社の募集があり説明会に参加する。自動車メーカでの仕事という実質は派遣の偽装請負状態。家から遠いこともあり、どうしようかと思っていたら指定日に来社する旨を言われる。そこで出社するとイキナリ健康診断、他の派遣会社の人とビジネスマナー等の教育が始まり、まだ入社意思を示していない私は凄く戸惑った。同じ教育を受けている人に聞くと、これは入社後の教育であること、給与が15万(総収入)であること、残業が100時間は当たり前の状態であることを聞かされた。

流石におかしいと思い社長に確認すると既に入社扱いで基本給は安いが残業代がつくので20万は超える、終電で帰れない事も多いため近所に住んでる人が多いとのことを悪びれずに自慢するようにうちは良い会社だと聞く耳を持たない状態。

結局、次の日に入社しない旨を伝えるが、自動車メーカの人たち迷惑をかけたんだから謝るように逆に怒られ、自動車メーカの人たちの前でこの子はダメだと罵られて帰って来た。正直、自動車メーカの役員さん達は大人で優しく良い人であったと思う。でもあの社長のもとでは仕事しなくて良かったと今でも思う。

☆ポイント

困っている人の元には搾取しようとする人達が寄ってくる。ブラック企業(の社長)は自分がブラックなことに全く気付いていないので、それを指摘されると逆切れされる。一度その環境に入ってしまうと抜け出すのは大変なので、弱っている時でも自分の考えをしっかり持つことが大事。

9か月遅れ、派遣社員としての社会人人生スタート

ブラック企業への幻の入社の後も募集先がそもそもなく、ブラック企業でも行ったらよかったのにと両親からもプレッシャーをかけられる日々。卒業してから分かることだが大学時代の友人も社会人生活を迎えた後は連絡も途絶えがちになってくる。普段話すのも両親だけとなり、自分だけ社会から取り残されたという思いが日に日に感じられ眠れない日々が続いていく。なぜこんな時代に新卒を迎えたのだろう?

そんな中、自分の中で一つの大きな決断を下す。

少しでも電気に関係のある仕事なら派遣でも短期でもまずは社会人としての一歩を踏み出そう。そうして、新聞広告に乗っていた短期派遣の電気配線作業の会社に応募する。すると在学証明書も成績証明書も求められず、履歴書だけであっさり採用。社長もいい人で何れ設計の仕事がしたい旨の話も聞いてくれ、結果的にこの出会いが今の自分に繋がる0から1への大きな一歩であった。

☆ポイント

人生を決める要素の一つが「運」だと思う。ただギャンブル的な要素である「運」も行動をしない、受け身の時には決して訪れることはない。そして人との繋がりによってもたらされるものだとも思う。人とのつながりが苦手で損して来ているが、これからも苦手なりのつながりを出来る限り持とうと思う。

配線作業の派遣からまさかの!?

はじめての仕事、初めての職場。そして体育会系から一番遠かった理系出身者が体育会系の電気配線作業の下っ端。正直、派遣の仲間達は凄く良い人達が多かった(中には変わった人も居たが)が、一部の人から嫌われて大変な目にあった。仕事の初日にイキナリ有無を言わせず残業をさせられて、かつ暖房が無く凍えるコンクリートの上に座りながら作業して体調不良になったのだが、そろそろ帰りたい旨を伝えたところ激昂されてしまった。体調不良ということを伝える間もなくの激昂であり、完全にその人の勘違いなのだが、それからアイツは残業しないヤツで扱いずらいなど陰口を叩かれ、完全に無視された。真面目に仕事していたこともあり、他の仕事仲間の人達は親しくしてくれたので良いのだが、いろんな人が居るのだと気づかされた。

☆ポイント

社会には色々な人が居るが、真面目にしていればどちらが正しいか周りは分かってくれる(はず)。ただコミュニケーション力(伝える力)は社会人としてはかなりのウェイトをしめているので、特に理系の人は苦手だと思うがどんな仕事に就くにしても能力を向上しておいた方が自分のためになる。

そうこうしている内にあっという間(今にして思えばですが)に3か月が過ぎようとしていたある日、社長から電気設計補助要員の募集があるんだが受けないか、と打診を受けた。打診は同じ3か月の短期派遣の人の中で数人に対して。この仕事をする決断をせずに就職先を探しているだけでは受けることさえできなかった。結果としてこの数名の中で唯一の理系大学出身、年齢も若い私が選ばれることになった。行動することにより一握りの運をつかむチャンスが来る、私の実体験としては確かにそうでした。

派遣時代

電気設計の補助として設計業務をすることになったが、周りの人たちは優しく、この時代の経験は今でも生きている。正直、時給で給料の上昇も少なかったため、実家暮らしでなければ生活できなかったと思う。ただ、いつか正社員で設計者になるという目標に向けて資格試験の勉強などに取り組めた上に、派遣ではあるが大手メーカの設計者としての経歴を履歴書に記載することができたことが、次の転職活動に凄く役立つことになった。

ポイント

将来的に自分のなりたい職業のための経歴になるのであればなんでも試してみるのが良いと思う。ただ仕事が無かったのでコンビニでアルバイトしていました、だけでは次の転職活動では経歴とみなされないので、アルバイトをするにしても経験をアピールできる職に就くことが大事だと思う。

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